パラグアイ…ここで会ったが11年目


いや~、今日は仕事になんないですね。
これ想定してスケジュール組んでて良かったですわ(^-^;
まあ、今日はこういう方がとても多かったんじゃないかと思います。

さて、決勝トーナメントで当たるパラグアイです。
トルシエジャパンのときにコパアメリカ(南米選手権)で当たったような気がしたら、宇都宮さんの今日のコラムでも触れられていたのでちょっとググってみました。


4-0で負けてますね。
イケメン選手としても名高いサンタクルス選手が2得点してます。
ベニテス選手、むむ、思い出せない(^-^;

試合の内容についても全く思い出せないのですが、あの大会を通じて日本はセカンドボールが全く拾えなかったこと、個人技のレベルが全く違っていたこと(頭ではわかっていても、目の当たりにするとものすごいショックだった)、そしてそのときに初めて知ったロナウジーニョが「とんでもない選手だった」ことだけは覚えています。
だから、(ロナウジーニョのことは別にして)、この試合もそんな感じの試合だったんじゃないかなーと思います。

ただ、たしかあの大会は、日本代表はフルメンバーではなかったはず。
当時、日本代表の中核を形成しつつあったいわゆる「黄金世代」が何か別の大会に出ていて、over-21?22?か何かでチームを組んで参戦した記憶があります。
当時の日本代表で、テクニックに秀でていたのは若い世代だったので、余計に差を感じてしまったんですね。
あの頃、「over-22とユース代表とではどっちが強いのか」なぁんて失礼なこともよく討論されてましたが、実際にコパアメリカでも、「若い選手たちが入っていたらどんな戦いになっていたんだろう?」なんて考えた記憶もあります。

 あの時、若い世代がいなかったのは何ででしたっけ?
 ワールドユースではなかったですし年齢の区切りを考えるとオリンピック関係でしたっけ?
 もしかしてトルシエもそっち行っちゃってましたかね?

そんなこんなで、曖昧な記憶を無理やり引き出しから引っ張り出してみました。
まあ、当時とは選手がかぶってないと思うから、「ここで会ったが百年目」にはならないですけど、勝てたらあのとき打ち込まれた心の楔を引き抜くことができるような気がする!

しかし、コパアメリカのWiki読んでめちゃくちゃ懐かしかったですね~。
ロナウジーニョ、1ゴールだったのか! なんだかもっと点を取ってたような気がしてたけど。記憶って当てにならないものですね。

あと、エクアドルのカビエデスとか覚えている方、いらっしゃいます?
中田ヒデ選手がペルージャにいたときに活躍したFWだったんですが、ゴール前の嗅覚とか体つきが、わたしの好きなタイプのFWでした。見栄えもいい選手でしたね。
ルーニーと同じ10月24日生まれ。
役に立たない豆知識でした~。

♪Now Playing/ そよかぜのうた – 石橋優子